大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)383号 判決

控訴人

小林繁夫

右訴訟代理人

鶴見祐策

被控訴人

株式会社城北タイル

右代表者

菅谷忠克

右訴訟代理人

中島三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一当裁判所も控訴人の本訴請求をいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり補正付加するほかは原判決理由と同じであるから、これをここに引用する。

一原判決一八丁表三行目の「資本金三〇〇万円」の次に「(その後昭和四七年九月二一日六〇〇万円に、昭和五〇年八月四日に九〇〇万円に増資された。)」を挿入する。

二原判決一九丁表六行目の「を持つていたこと、」を「と顧問契約を結んでいて、昭和四七年七月頃には一二ないし一三の顧問会社から毎月合計二〇万円位の顧問料収入を得ていたこと、」と改める。

三同一九丁裏三行目から二一丁裏三行目までを次のとおりに改める。

「右認定事実及び後記認定の事実によれば、被控訴人会社と控訴人との間の本件顧問契約は、控訴人が被控訴人会社の設立にあたつて共同出資した磯十商店の経営者加藤幾晴の弟が経営する山磯タイルの顧問税理士であつて、磯十商店のためにそのいわゆる第二会社たる被控訴人会社設立につき淡陶との交渉に当つたものであり、かつ被控訴人会社がタイル販売業務を引継いだ磯十商店の清算事務に関与している事情通であつて、右清算事務が円滑に行われるか否かは被控訴人会社の業務運営に重大な関係があつたという被控訴人会社設立の経過及びその関係者特に磯十商店側の控訴人に対する強い信頼関係に基づき締結されたものであり、税理士法二条所定の税理士業務の委託及びそれに関連するいわゆる経営コンサルタント的なサービスの提供業務を内容とするものであつたこと、控訴人の右顧問契約上の実際の仕事は税理士固有の業務よりは被控訴人会社の経営自体に参画することの方が大きな比重を占めていたことが認められる。そうすると、控訴人と被控訴人会社との間の法律関係は、税理士業務の委任契約と被控訴人会社の事業運営についての経理的専門知識・情報等の提供をする経営コンサルタント契約の混合した契約関係であつたものであり、控訴人の税務、会計、経理上の技能・専門知識・判断能力に対する信頼のみならず、磯十商店との清算業務の受任関係もしくは従前よりの山磯タイル等との信頼関係の拡大継続という特別の事情を基礎として成立した委任類似の法律関係といえるものである。

右のような委任類似の契約関係については、契約の目的や性質に友しないかぎり、原則として民法の委任に関する諸規定が類推適用されるものと解するのが相当であるところ、本件顧問契約につき契約解除に関する民法六五一条一項の適用があるか否かについて、以下、検討する。

税理士業務等の委任及び経営コンサルタント業務を内容とする顧問契約は、その性格上、長期間にわたり継続することがその事務の的確な処理に資するものであつて、右顧問契約の当事者はその関係が一時的のものではなく、相当の期間継続することを前提にして契約を締結するのが通常であると解される。また、右契約は通常顧問料の授受を伴うものであり、右継続的、定期的顧問料収入は、当該税理士事務所経営の安定の資となつているものということができる。したがつて、右契約は、非専従的顧問としての就任を予定している場合であつても、受任者である税理士と委任者との間に信頼関係を失わしめる事由あるいは信頼関係に危惧の念を抱かしめうる事由が生じたとき、当該税理士の病気等により業務の処理が困難となつたとき、依頼者に当該税理士に業務を委託等する必要性が乏しくなるような事由が生じたときなど相当な事由があるときにおいてこれを解除することができるもので、民法六五一条の規定の適用は右の限度で制約されているものと解すべきである。

本件顧問契約の場合、前記認定のとおり、控訴人と被控訴人会社の役員の中の磯十商店関係者との旧来から信頼関係を主たる契機として控訴人と被控訴人会社との信頼関係が形成されているものであつて、任期の定めもなく非専従の顧問として就任し業務を行うことを内容としていたものであるところ、〈証拠〉によると、被控訴人会社の役員や社員として磯十商店側から経営に参画していた加藤幾晴、前田義一(代表取締役)、坂口祐子(監査役)が昭和四七年三月から四月にかけて相次いで辞職し、控訴人を被控訴人の顧問税理士として推挙した関係者が被控訴人会社にはいなくなり、淡陶による被控訴人の支配が強くなつたところ、控訴人としては旧磯十商店関係者とくに加藤幾晴が辞める結果となつたことは被控訴人会社発足当初の構想に反するものとして淡陶関係者の方針を快く思わなかつたこと、したがつて、控訴人と被控訴人会社の新経営者らとの間の人的信頼関係が希薄化し、従来控訴人が被控訴人会社の経営に深く関与していただけに右新経営者らは磯十商店とは関係のない税理士を顧問とすることを希望するようになつたこと、後記認定のように加藤幾晴が右退社後被控訴人会社の近くの場所で「山磯タイル販売部」と称してタイルの販売を始めたところから、被控訴人会社においては、控訴人が同業の山磯タイルの顧問税理士を兼ねているため被控訴人の営業上の秘密が控訴人を通じ山磯タイルに漏れることを危惧するに至り、同年八月二一日控訴人に右の理由を告げて同月末日をもつて控訴人との顧問契約を解除する旨告知したことが認められる。

右のような事情のもとにおいては被控訴人には控訴人との間の本件顧問契約を解除するに相当な事由があつたものというべきであり、本件顧問契約を解除できるものと認めるべきである。

控訴人は、税理士が業務を善良な管理者として十分に遂行するためには顧問会社の業務に継続的、包括的に携わつていく必要があること、控訴人が被控訴人の設立当初から経営に継続的に関与してきているという実績があることなどを理由に、本件顧問契約を解除することができないと主張するが、本件顧問契約の場合のように、委任者と受任者との間の特別な人的信頼関係が基礎となつており、受任者が委任者の経営に関し、一般の税理士の場合と異つて深く係わつていたような場合には、受任者が顧問契約の継続を欲せず、かつ欲しないことについて前記のような事由があるときには、顧問契約の継続を強いるべき理由を見い出し難く、控訴人の前記実績の存在を考慮しても右の判断を左右するに足りるものでない。また、控訴人は、税理士の顧問契約について委任者の一方的解除を認めると税理士の地位を不安定にし、税理士が解除を惧れるあまり委任者の不法な要求や注文を拒否できず、脱税相談等不法な税理士業務を招来するから同条の適用をすべきでないと主張する。控訴人の主張するような弊害の生ずる可能性のあることは、充分に考慮しなければならないが、右のような事情は税理士の顧問契約に特有なことではなく、前記解除についての相当事由の存否を判断する前提として考慮すれば足りる事柄であつて、税理士の顧問契約について特別の事情がない限り同契約は永続的に存続するものとすべき理由とはならない。」

四同二一丁裏一一行目の「原告、被告代表者米澤徹本人尋問」を「原審における被控訴人代表者米澤徹、原審と当審における控訴人本人の各尋問」と改める。

五同二三丁裏四行目の「直接被告の業績に影響なかつたこと、」を「被控訴人会社の業績に直接影響を及ぼしたか否かは明らかでないこと、」と改め、同九行目の「原告、被告代表者米澤徹の供述部分は」を「原審における被控訴人代表者の供述部分、原審及び当審における控訴人の供述部分、加藤幾晴や前田義一が控訴人に対し被控訴人の顧問税理士として永続的に関与することを要望したとか田中稔久が控訴人に対する報酬が安いが末長く顧問として就任してもらつて苦労に報いたいので顧問契約を解除しない趣旨の言明をしたという控訴人の供述部分は」と改める。

六同二四丁表一行目の「加藤が」から同四行目の「事情もなく」までを「顧問契約の一方的解除をしない旨の明示または黙示の合意があつたとは認め難く」と改め、同六行目の「証人井澤雄蔵の証言、」の次に「当審における証人高相芳彦の証言、」と挿入し、同九行目から同一〇行目にかけての「前提を欠くので判断するまでもない。」を「前記顧問契約の解除に関する当裁判所の判示見解と異る独自の法律解釈を前提にするものであつて、そのまま容認することができないものであることは明らかである。」と改める。

七同二四丁裏三行目の「意見」を「控訴人主張のような内容の意見」と改め、同四行目の「後者」から同八行目までを「出向社員の給与の付け替え等の措置が税務処理上問題があり、また淡陶の滞貨商品を大量に被控訴人に引き取らせた行為が企業経理上問題があるとしても、これらのことを指摘した控訴人を不当に排斥する動機のもとに本件顧問契約が解除されたものと認めるに足る確たる証拠はなく、本件顧問契約の解除が、信義則に反するとか権利の乱用に該当すると断ずるに足る事情も認められない。従つて右主張も理由がない。

結局、被控訴人会社が昭和四七年八月二一日になした同月末日をもつて本件顧問契約を解除する旨の意思表示は、前に判示したとおり相当な事由があるものであつて解除の効力が同月末日の経過により生じたものといわざるを得ず、控訴人の本訴主位的請求は理由がないことになる。」と改める。

八同二五丁表一行目の「確かに」から同丁裏七行目までを次のとおりに改める。

「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は昭和四六年一〇月一八日頃から顧問をしていた磯十商店の清算事務に関与し、同年一二月二六日頃までに右事務を田中富美夫公認会計士に引継ぎ、昭和四七年二月中旬頃には磯十商店関係の事務を終了し、一方右の昭和四六年一〇月中旬頃から同年一一月八日までの間右清算事務と併行して被控訴人会社の設立のための折衝、事務等に関与し、右一一月八日に被控訴人会社が設立されると同時に顧問税理士となつて設立当初の多忙な事務を処理し、昭和四七年二月頃に被控訴人会社の企業運営が一応軌道に乗つてからは、顧問税理士として通常の税務、会計、経営相談等の業務にあたつてきたものであること、控訴人は被控訴人会社のための業務に手がかかつたこと等のため、他の依頼者の税理士業務を処理させる必要上昭和四七年二月頃事務員西川秀樹を雇傭したこと、その頃他から税理士業務の関与依頼が一社あつたが辞退したことが認められるが、控訴人が被控訴人会社の設立直後という事情を考慮し、被控訴人との長期の顧問契約の継続によつて将来不足分の填補を受けられるとの見込みのもとに低廉な顧問料に甘んじてきたとか、被控訴人会社のための事務を処理するため控訴人の事務所のスペースを拡張したとかいう趣旨の控訴人の供述はたやすく採用できない。右認定事実によれば、控訴人が税理士業務の関与依頼を一社辞退したことは本件顧問契約上の事務処理と必ずしも直接関連するものとはいい難く、事務員一名の雇傭も本件顧問契約上の事務処理に控訴人が多忙であつたことのみによるとは認められず、むしろ間接的に関連するだけの事情であつて、右の事情があるからといつて、本件解除が民法六五一条二項の「不利ナル時期」における解除に該当するものということができない。

控訴人の主張4(三)(原判決事実摘示の項を指称する)について判断するに、本件顧問契約は、前記説示のとおり、民法の委任に関する諸規定を適用するのが相当な委任類似の契約関係であつて、特に請負契約に関する規定を類推適用すべき合理的根拠は見い出し難く、右主張は容認できない。

控訴人の主張4(四)(原判決事実摘示の項を指称する)について判断するに、前記認定のとおり、控訴人を不当に排斥する動機のもとに本件顧問契約が理由なく解除されたものと認めることができないから、被控訴人会社が控訴人に対し不法行為責任を負うべきいわれはなく、右主張も理由がない。

結局、控訴人の予備的請求も理由がないことになる。」

第二よつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(外山四郎 清水次郎 鬼頭季郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例